尾畠春夫(おばたはるお)さんの経歴やプロ捜索ボランティアとは?人柄や表彰履歴が凄い!

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皆さん、山口県周防大島町で2歳男児が行方不明になったのを覚えていますか?

長い間見つからず、そして2歳の男の子の体力から「もしかしたら最悪の結果になってしまうかも・・・」と覚悟した人も多いでしょう。

しかし懸命の捜査の結果、男の子が無事発見されました。

男の子が発見されたニュースを見て、私は思わず「おぉー」と叫んでしまいました。

今回の奇跡の発見、実は捜索ボランティアと呼ばれている男性が重要な役割を果たしたのを知っていますか?

それが尾畠春夫(おばな はるお)さんです。

今回はこのミラクルボランティア(私が勝手に呼んでいる) 尾畠春夫さんにスポットを当ててみました。

これまでの経歴は?

表彰履歴が凄いって本当?

プロ捜索ボランティアとは?

どのような人物なのか?


尾畠春夫さんに関する疑問について調査しましたので、本人のプロフィールとともに紹介します。

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□尾畠春夫さんのプロフィール

まずは尾畠春夫さんがどのような人物か知るために、プロフィールを紹介します。

名前:尾畠春夫(おばな はるお)
年齢:78歳




尾畠春夫さんは芸能人ではないので、これぐらいしかプロフィール情報がありません。

そして現在はボランティア活動を行っています。

ちなみに住所は大分県に住んでいるという説が出ています。

大分県から2歳の男の子を救うために山口県まで出動したんですよね。

ちょっとカッコ良すぎでしょう!!


職歴が気になる

尾畠春夫さんはボランティアとして活動していますが、ボランティアというのは賃金が発生しません

一体どのようにして金銭を得ているのでしょうか?

過去の職歴を調べてみると、大分県内で鮮魚店を28歳から営んでおり65歳になった時に閉業したようです。

魚屋一本で歩んできたんですね。

現在は年金か今までの貯金で生活費や移動費を賄っているのかもしれません。

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□なぜボランティアを始めたのか?

尾畠春夫さんはなんでボランティアをすることになったのでしょうか?

実は尾畠春夫さんのボランティア歴は20年以上になります。

20年前ということは、鮮魚店を営んでいた時から行っていたようですね。

「わかった!!店の売り上げを良くするためのイメージアップ作戦だ!!」と私は勝手に予想していました。

しかし事実は180℃違います。

尾畠春夫さんは「人に、世の中に、恩返ししたい」という言葉が口癖で、現在の自分がいるのは社会のおかげと考えていました。

その恩返しという意味でボランティアを始めたんです。

「利益のため」と考えていた私は恥ずかしいです・・・・。

ボランティアと言っても今回のように人命救助中心ではなく、登山道の掃除や看板設置を行っていました。

その後は全国各地に恩返しを兼ねて、ボランティアの旅に出ています。

また地元でもボランティア活動を熱心に行っており、地元の人は



「草を刈ってくれるんです。通学路だから子どものためにと。子どもがマムシに噛まれたりしたら大変だからと、毎年刈ってもらっています」



参照記事:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180816-00010003-fnnprimev-soci

このように尾畠春夫さんの行動に感謝しています。

きっと地元の人から頼りにされているんだろうなぁ。

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山との関係は?

尾畠春夫さんと山ってどんな関係があるのでしょうか?

尾畠春夫さんは登山が大好きで58歳の時に、北アルプスの55山単独登山に成功しています。

しかも登山を始めたのは40歳の時なんです。

人間は年齢とともに体力が低下していきますが、58歳で登山を単独で成功させる尾畠春夫さんの体力がいかに凄いかわかりますね。

きっと無尽蔵のスタミナの持ち主なんでしょう。


どんなトレーニングをしているのか?

55歳以上で登山に成功し、現在も全国各地を回っている尾畠春夫さん。

同年代のなかでも体力がずば抜けていますよね。

いったい尾畠春夫さんはどんなトレーニングをしているのでしょうか?

調べてみましたが、特に有力な情報は見当たりません。

しかし健康維持や体力維持のために、運動や食事に注意を払っていると思います。

もしそうである場合「陰の努力は見せない」というスタイル・・・これまたかっこ良すぎです。


人には迷惑をかけない

ボランティアをやっていると、無償と分かっていますが「ジュースとか出ないかな・・・」と私は期待してしまいます。

しかし尾畠春夫さんは「私はボランティアだから、そういうのはもらえません」と、一切の金銭や援助を断っています。

行動をともにしている軽ワゴン車のなかには寝袋、水などの生活用品が積み込まれており、他の人から手助けをしてもらわなくても大丈夫なようにしています。

そして本人は「自己完結するのが真のボランティアだ」と、助ける相手に一切の迷惑をかけないことを信条としています。

なんと立派な考えなんでしょうか。

「ジュース出してほしい」と考えた自分の浅ましさが恥ずかしい・・・・。


□これまでのボランティア経歴が凄い!!

全国各地をボランティアで回っている尾畠春夫さんの経歴が気になりますね。

これからその経歴をいくつか紹介します。


東日本大震災

尾畠春夫さんは2011年に起きた東日本大震災の時も、大分県から宮城県にボランティアのために駆けつけてくれました。


ボランティアって長くて1か月くらいかと思ったら、なんと500日間も作業を手伝ってくれたんですね。

この時は家族写真などの思い出の品を探す作業に従事していました。

南三陸町は震災の被害が大きかった地域です。

尾畠春夫さんの行動はどれだけ有難いことか・・・。

また復興祈願のために日本一周も行っていました。



熊本地震

2016年に起きた熊本地震でも尾畠春夫さんはボランティア活動に参加しています。

その時は元建設作業員として参加し、ボランティアのリーダー役を務めていたようです。

この時はがれきの撤去を行っていたようです。

ボランティア経験が豊富なので、的確な指示を出していたのでしょうね。


表彰歴もある

尾畠春夫さんは2012年に地元大分県の地域環境美化運動「ごみゼロおおいた作戦」に参加しています。

その時の功労者として表彰されているんですね。

そのほかにも同じく大分県の理布岳登山道整備活動でも、功労者として表彰されています。

多分本人は「表彰されるためにやっているのではない」と思っているでしょうね。


□2歳男児発見の経緯について

今回、尾畠春夫さんを有名にした山口県周防大島町の2歳男児行方不明騒動

尾畠春夫さんはどうやって男児を発見したのでしょうか。


騒動の経緯

まずは騒動の経緯を説明します。

行方不明になったのは山口県防府市に住んでいる藤本理稀ちゃん2歳です。

お盆休みでしょうか、家族と一緒に山口県周防大島町に帰省していました。

12日午前中に兄と祖父と一緒に徒歩で海に向かう途中、曽祖父宅から約100m離れたことろで1人で家に帰っていたようです。

家の20m手前までは理稀ちゃんを確認しましたが、それ以降は行方がわからなくなりました。

その後、消防と警察合わせて150人体制で捜索を行いましたが、理稀ちゃんを見つけることができませんでした。

正直、上記でも触れましたが2歳男児が約3日間行方がわからなかったら、本当に最悪の状況を誰でも覚悟しますよね。

事実、今回の件で理稀ちゃんのお母さんは



「生きて会えると思っていなかったというのが、本当正直なところだったので、もう胸がいっぱいで」



参照記事:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180816-00010003-fnnprimev-soci

このように述べています。

我が子を腹を痛めて産んだお母さんでさえも、諦めるしかない絶望的な状況だったんですね。


尾畠春夫さん出動

この事件をニュースで知ったのか、尾畠春夫さんは大分県から山口県へ出発します。

近所の人の話だと



「家の前に門があり、そのホワイトボードに『2歳の子供を探しに山口に行ってきます』と書いてありました」



参照記事:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180816-00010003-fnnprimev-soci

このように述べていました。

ホワイトボードに書いてあっただけですが、なんか「ヒーロー出動」って感じでカッコいいですよね。

そして「ヒーローは遅れてやってくる」感がいい!!

私はゾクゾクしちゃいました。

しかも現地に到着して理稀ちゃんのお母さんに

「必ず私が見つけたら、必ず私が抱きしめて、直にあなたにお渡ししますから」

と約束したようです。

このセリフも痺れますね。

なんかのヒーロー映画の序章を見ているような感じです。


わずか30分ほどで発見

8月15日午前6時半、尾畠春夫さんが捜索ボランティアとして参加したところ、実家近くの山中の沢で理稀ちゃんがしゃがんでいるのを発見します。

発見した時に理稀ちゃんの名前を呼ぶと、理稀ちゃんからは「おじちゃん」と返事があったようです。

その時の様子を尾畠春夫さんは

 

「一瞬、心臓が止まりそうな感じがした。近づいて、”頑張ったね”と言って、飴の袋を取り出したら、袋ごと取って手を突っ込んで開けようとした。自分では破れなかったから、開けて渡してあげたら口に入れて、途端にガリガリと噛んだ。この声の出し方、飴玉を袋ごと取って口に入れる様子を見て、これは大丈夫だなと思った」


参照記事:https://abematimes.com/posts/4742675

このように述べています。

そして驚くべきは参加から発見までにかかった時間が、なんと30分ほどという説が出ているんですね。

消防と警察100人以上で探しても見つからなかったのに、なぜ尾畠春夫さんは短時間で発見することができたのでしょうか。


過去の経験が活きている

実は尾畠春夫さんは過去に迷子探しに参加したことがあります。

それは大分県佐伯市で理稀ちゃんと同じ2歳の女の子を探した時のことです。

その時に女の子が上方で発見されたことから



「大分の佐伯で2歳の女の子を探した経験から、下るということはないと思っていた。不思議なもんで、子どもっていうのは、上に上がるのが好きみたい」



参照記事:https://abematimes.com/posts/4742675

この過去の経験を活かし、山を登って行ったら無事理稀ちゃんを発見したわけです。

いくら消防や警察が捜索は仕事と言っても、そんなに頻繁に行方不明の人を大人数で探しているわけではありません。

これは尾畠春夫さんの豊富な捜索経験が解決させたものです。


□尾畠春夫さんはどんな人柄なのか?

これまでの記事を読んでいただければ、尾畠春夫さんがどんな人柄なのか分かりますよね。

間違いなく自己利益のためにやっていません。

また売名のためにやっていません。


「学歴もない何もない人間だが、65歳で鮮魚店を辞めて、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきた」

と本人が述べるように、全ては社会への恩返しのためなんです。

多分、尾畠春夫さんは残りの人生を考えたときに「自分には何ができるか」と考えたと思います。

そして社会へ恩返しを行い、関わった人の笑顔を見ることに生きがいを感じる生き方を選んだのでしょう。

間違いなく、尾畠春夫さんは温和で多くの人から愛される人柄でしょうね。


【追記】普段の生活について

全国でボランティア活動をしている尾畠春夫さん。

やはり体調を悪くしてしまうと、思うように活動が出来ません。

普段はどのような生活を送り、体調を維持しているのでしょうか?

食事

尾畠春夫さんは美味しいものは食べないようです。

この理由について

「『医は食にあり』っていうように、健康は食事にあると思っています。だから私は『おいしい物』は食べません。食べるのは『体に良い物』だけ。大分にいるときとボランティア中で食べるものは違うけど、この考えは変わりません」

このように述べており、普段は鶏肉と小魚を食べているようです。

また1ヶ月5万5千円の年金で生活しており、ボランティアの経費のために節約しているようです。

ボランティアのために日々コンディションを整えており、考え方がアスリートですよね。

□情熱大陸に出演予定

9月23日23時から放送予定の情熱大陸に尾畠春夫さんが出演します。

スーパーボランティアと呼ばれている尾畠春夫の普段の生活はどうなっているのか?

なぜ、そこまでボランティアに熱心になれるのか?


興味がある人はぜひ番組をチェックしてみてください。


□まとめ

尾畠春夫さんはボランティアで全国を回っており、東日本大震災、熊本地震でも活躍していました。

そして今回の理稀ちゃん捜索では、過去の経験を活かして発見しています。

多分、本人は「凄いことをした」というより「当たり前のことをした」と思っているでしょう。

そして、これからも多くの人を助けるために、ボランティアを続けていくでしょう。

全て無償で行っているのでヒーローではなく、やっぱり聖人と表現したほうがよさそうですね。

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